ハリナシバチはちみつ(ポットハニー)はなぜこれほど味が多様か
生物多様性を象徴
はちみつ界の「一大カテゴリー」へ
ミツバチに比べると採れる量は少ないけれど、個性はとても豊か。ハリナシバチはちみつは「はちみつ界の新たな一大カテゴリー」といえるほど、ミツバチとは明確に異なり、豊富なバリエーションを誇ります。
「甘酸っぱい」というユニークな特徴において、一般的なミツバチのはちみつとは一線を画すハリナシバチのはちみつ。単に珍しい味のはちみつの一つと思われがちですが、ハリナシバチはちみつはそれ自身が大きなカテゴリーになれるほどの広がりを持っていることがわかってきました。これまでの経験ではミツバチを超えるのではないかと感じています。ハリナシバチのはちみつも、ミツバチと同じように、花の種類や、環境、季節によって、味わいや香りは様々です。ただ、違いの幅が、ずっと大きいのです。甘い、甘酸っぱい、すごく酸っぱい、苦い、香りが強い、ワインみたい…「ハリナシバチのはちみつ」というカテゴリーでひとくくりにしてよいのか悩んでしまうほど変化に富んでいるのです。
それでは、こうした味の違いがなぜ生まれるのか、なぜこれほど多様なのか、経験を通じて深めてきた蜜林堂なりの理解を説明してきたいと思います。
はちみつはそもそも多様な味わい
ハリナシバチの話の前に、まずは基本的なはちみつのお話を。ご承知のとおり、はちみつは蜜源となる花によって味が異なります。アカシアやリンデン(菩提樹)、レンゲ、ヒマワリ、ラベンダーなど、花の名前を前に出したハチミツをお店で見かけたことがあると思います。十分な量の蜜を集めることさえできれば、花の数だけハチミツの味があるといっても過言ではありません。こうしたはちみつは単花蜜と呼ばれ、主にセイヨウミツバチが作ります。セイヨウミツバチは蜜源となる植物を見つけた働きバチが、ダンスによってほかの仲間にその場所を教えるという習性があるため、同じ花の蜜が集まりやすいのです。また、花畑や果樹園など、花がたくさん咲いているところに巣箱を移動させる養蜂の方式も主流であるため、ある特定の花蜜の味のものが多く流通しています。
単花蜜のほかに、たくさんの種類の花の蜜が混ざった「百花蜜」もあります。百花蜜は、巣箱の周辺に咲いている花の組み合わせで味が変わります。土地の植生や季節の花々が味に色濃く反映されているはちみつといえます。ダンスの習性をもたないニホンミツバチは百花蜜が主流です(環境によってはセイヨウミツバチも百花蜜を作ります)。
この二つだけで考えても、はちみつには数え切れないぐらいの味わいがあることは想像していただけると思います。
ハリナシバチは百花も単花も
それではハリナシバチのはちみつはどうでしょう。
ハリナシバチは、基本的にニホンミツバチのように様々な花の蜜を合わせた百花蜜を作ります。ハリナシバチが生息する熱帯では、いわゆるお花畑のように決まった時期に同じ花が一斉に咲くということが少なく、季節感には乏しい印象がありますが、その反面、熱帯の植物には高い多様性があります。熱帯は日本やヨーロッパなどの温帯地域に比べると植物の種類がけた違いに多いのです。しかもハリナシバチは体が小さいこともあり、ミツバチが利用できないような小さな花からも蜜を集めることができます。多種多様な花々の組み合わせはたいへん複雑で場所よって実に様々な味のはちみつが生まれます。
一方で、行動範囲が狭いおかげで単花蜜に近い味もできます。ミツバチの行動範囲が巣から2~4キロといわれているのに対し、ハリナシバチは数百メートルから最大でも2キロ程度といわれています。セイヨウミツバチのように特定の花から蜜を集める習性をもたないハリナシバチですが、植林地や果樹園など、周囲に単一の植物が多く植えられている環境を利用し、狙った花の蜜を作る試みも行われています。
百花蜜Gtの養蜂環境(左)と、アカシアの単花蜜の養蜂環境(右)
蜜の味を決めるのは花だけじゃない
特集1「ハリナシバチってとんなハチ?」でも書いた通り、プロポリス製のハニーポットに貯蔵されるハリナシバチのはちみつにはプロポリス由来のポリフェノール(フェノール酸やフラボノイドの総称)が自然に溶け込んでいて、それが特有の酸味や香りを生み出しています。つまり、花だけでなく、樹木も味わいの主要な構成要素になっているのです。
熱帯は樹木の種類も多いので、その樹液も多様。プロポリスも百花ならぬ、「百樹液」いえるほど様々な木から集められていることが知られています。
多くの花と、多くの木の組み合わせで決まるため、ハリナシバチはちみつの味はさらに変化に富んだものになります。
ハリナシバチはちみつの多様さは、ここまででもお分かりいただけたと思います。しかし、そのバリエーションをさらに広げてくれる要素がもう一つあるのです。それは、ハリナシバチの種類の多さです。
ハリナシバチは世界で50属、500種以上います。マレーシアだけでも40種以上が知られています。ミツバチが世界中で9種類、全てミツバチ属という1つのグループに属していることに比べると、その多様性の高さがお分かりいただけると思います。
とはいっても、どのハリナシバチも味がはっきり違うというわけではありません。しかしながら、なかには明確にほかのハリナシバチとは異なるの味を作り出すものが存在しています。こうした特徴を利用し、全く同じ環境から、同時に異なる味わいのはちみつを作り出すこともできるのです。
同じ環境からとれるハリナシバチちがいのアカシア蜜。アカシアHi(左)は甘さが強く、アカシアTb(右)は強い酸味が特徴
つまり、ハリナシバチはちみつの味わいは、数多くの熱帯の花、数多くの樹木、数多くのハリナシバチの種類、この3つの組み合わせで味が決まるため、味わいの変化の幅が広いのです。
(ただし、ハチの種類で味がかわる理由については、ハチの出す酵素によるとか、集める樹液の好みが違うなどの説があり、蜜林堂としては明確な答えは持ち合わせていません)
いろいろなハリナシバチと巣の内部
生物多様性食品
味の豊かさや、はちみつに関わる動植物の多様性もさることながら、ハリナシバチという、在来種のハチを養蜂をすることで、周辺の自然環境で、より自然なかたちで受粉が行われ、生態系が健全な形で維持されてほしいという願いが込められています。
ボルネオの熱帯雨林。樹冠をよく見ると、実に多様な木が集まっていることがわかる。