蜜林堂がハリナシバチにこだわる理由
おいしい、珍しいだけではない価値があるから
食品業界未経験で始めた「ハリナシバチのはちみつ」の輸入と販売。ニッチ商品に勝機を見出した、というだけではないのです。
ハチミツであるがゆえの苦労
ハリナシバチのはちみつはユニークで面白い商品である反面、売るのがとても難しい商品だと感じています。「はちみつ」と名乗って販売できることは強みである一方で、「酸っぱい」「サラサラ」「ミツバチじゃない」など、はちみつであることを否定するような特徴の数々を、受け入れがたいものとして捉える人も一定数いるからです。少々グロテスクなハチの巣の写真もそんな印象を助長してしまうようです。
「こりゃ(水っぽくて)ダメだ」
「ハチミツに酸っぱさは求めてません」
「巣の写真、小さくして」
お客様からいただいたお言葉です。
認知度がほとんどないことに加え、これまでの常識を覆すような商品であるがゆえに、こうしたご意見は仕方のないことだと思っています。だからこそ、試食と丁寧な説明は欠かすことができません。きちんと理解してもらうことで、最初に抱く違和感が、美味しい、面白いに変わるからです。そのため「非効率」と思われがちですが、マルシェのように対面形式で販売できる場所が現時点での蜜林堂の主戦場となっています。
高価格で希少、ヘルシーなハリナシバチのはちみつは、本来なら、百貨店や高級スーパーに並ぶべき商品だと思っています。ところが、「甘酸っぱい」という特徴は面白いという評価の一方で、お客様の想定外すぎて「クレームの元」としてバイヤーには捉えられてしまうようです。すべてのお店がいつも試食を行えるわけではないため、やはり、認知度が重要なのだそうです。
またハリナシバチのはちみつは、ミツバチに比べると生産量が少なく高価、味わいも地域によってよって変わりやすいという特徴があります。よく言えば個性的で多種多様なのですが、大規模に展開しにくいという、輸入者としての問題も抱えています。
こうしたことから、ハリナシバチのはちみつは、食品業界を歩んできた人なら避けて通る「難しい商品」のひとつであるようなのです。
味ではない、新鮮な驚き
それにも関わらず、業界未経験の私が、なぜ挑み続けているのか―。
その最大の理由は、ハリナシバチ養蜂には「木が必要」だと気づいたからです。
2016年初頭のことです。初めて訪れたボルネオ島のハリナシバチの養蜂場で、養蜂家のおじさんが教えてくれました。
「このハチはプロポリス(樹液と蜜ろうの混合物)で巣を作るから、それがハチミツに混じって、からだにいいんだよ。俺が養蜂を始めたのも、友だちに勧められて飲んだハチミツのおかげで痛風が良くなったからなんだよ」
眉唾っぽい話だな、と半ば受け流しながらも、その革新的な味わいにはとても惹かれていました。
「樹液が混ざってこんな味になるなんて、面白いな。でもホントかな…」
林の中に置かれた巣箱を眺めながら、ふと思いました。
「そうか。養蜂するには、花だけじゃなくて樹液の供給源となる木がないといけないのか」
当たり前に聞こえるかもしれませんが、これはとても新鮮な驚きでした。というのも、当時、マレーシアを舞台に自分だけの新しいビジネス、できれば大好きな熱帯雨林のためになるビジネスを模索していた私にとって、樹木を残すことが動機になるような産業には、出会ったことがかなったからです。
熱帯雨林はこれまで長い間、開発の標的となり、世界中で減少の一途をたどってきました。日本をはじめとする先進国の木材需要に応えるため、大規模伐採によって森は裸になり、畑や牧草地に置き換えられてきました。残念ながら、今もその流れは続いています。東南アジアでは、パームオイルを取るために、広大な熱帯雨林がアブラヤシのプランテーションに転換されています。「生物多様性の宝庫」、「医薬品の元になる有用な動植物の生息地」として称えられてきた熱帯雨林は、今や地平線の向こうまで単一作物だけが植えられた、多様性とは真逆の世界になり果ててしまっているのです。
「産業の拡大=森林減少」というのが、私の中でいつしか当たり前になっていたのです。
ところがハリナシバチ養蜂には木々が必要でした。養蜂の規模が拡大すれば森林を拡大する必要が出てくるかもしれないのです。痛風にきくかどうかは怪しいけれど、養蜂に一定の木々が必要なのは間違いない。しかもハリナシバチは在来種でそこらじゅうにいるし、刺さないので怖くない。そして、はちみつは美味しく、日持ちがする…
「これ、やりたい」と強く思いました。
のちにわかってきたことですが、ハチが受粉することで、養蜂に取り組む農家は、はちみつという副収入に加えて、収穫量の増加も期待できるとのことでした。
加えて、ハチミツの味わいがミツバチ以上に多様であることもうれしいポイントでした。蜜源植物や樹液だけでなく、ハリナシバチの種類によってもハチミツの味は変わるため、それらの要素が複雑に絡み合い、たくさんの異なる味わいが生まれるのです。漠然とした生物多様性という概念を、ハチミツを通じて、味覚で感じることができるように思えたのです。
もし近い将来、認知度が上がってブームが来たら、大きな会社に市場をかっさらわれるかもしれません。間違いなく、太刀打ちできません。
でもきっと、一過性のブームは、ハリナシバチを環境保全や、貧しい農家さんの生活向上に役立つ存在としては、実感をもって伝えきれないのではないかと思うのです。少なくとも私がこうして書かなければ、そうした価値に気がつくのに時間がかかるだろうと思うのです。
本質を見失って拡大すれば、(かつて小農を救う救世主として導入された)アブラヤシのように、生態系を乱す元凶とみなされてしまうことにもなるかもしれません。
単においしい、珍しい、体にいいだけで終わらせないためにも、熱帯雨林の現状を知る者の一人として、ハリナシバチ養蜂がもたらす食品としての価値以外の大切さも、きちんと伝えていきたいと思っています。
初めて訪れたボルネオのハリナシバチ養蜂場。